あたり一面に白い花が咲き誇っている。
空は薄水色で、群生した花ははるか先まで続き、地平線をうすらぼんやりとしたものにさせていた。
そんな夢のような小高い丘で、ロベルトは柔らかいそよ風を受けながら木の根を枕にしてまどろんでいた。
木立の下から見上げた空は、木の葉や枝にさえぎられ、隙間から覗く木漏れ日がまぶしい。
薄水色の晴れた空……目を閉じるとぼんやりとした光の変化が瞼越しに感じられる。
しばらく眠っていると、顔にはらはらと何かが落ちてきた。
うっすらと目を開けると、視線の先には白い花を加えた平賀がロベルトの顔を覗き込むようにして座っていた。
ロベルトは瞬いた。そして、顔の上に落とされた花びらをそのままに彼の名を呼ぶ。
平賀は薄く微笑んだだけで、じっとロベルトを見つめていた。
……かと思うと、徐々に顔をおろしてきて、ロベルトの目と鼻の先まで迫った。
ロベルトの唇に彼が咥えていた白い花がかすかに触れる。
そして平賀は、
「貴方に祝福を」
と唱えた。言った瞬間、花がぽとりと落ちた。
「貴方は私にとって、サクラメントの花です」
平賀が言うと、ロベルトは顔にかかった白い花びらを一枚とり確かめた。
「これは、サクラメントの花なのかい?」
「ええ、ここは一面にサクラメントの花が咲いていて、どうやらこの世ではありません」
風が吹き、百合のような香りをのせて、白い花びらを舞い上がらせた。
平賀は目を伏せて
「貴方に私の思いを伝えるのはこれが精いっぱいです」
といった。
――平賀、それなら僕は――。
ロベルトは起き上がってあたり一面の花をかき集めた。
そうしてそれらをみんな、平賀の頭から、肩から落としてゆく。
雪のように舞い散る花々が彼を周りの景色に埋もれさせた。
「うわ、やめてくださいロベルト。いきなりなんですか」
「これはさっきのお返しだよ」
ロベルトは彼が拒否してもやめなかった。
集めても集めても、足りない。
あたり一面、無限に咲き誇るサクラメントの花。
これは良太くんの分、そしてこれはヨゼフの分、君にいつか助けてもらったお礼の分……いくら振りかけても足りなかった。
平賀、君は僕のサクラメントだ。そしてみんなの、サクラメント……。
幾度となくサクラメントの花を彼の頭上に降らせていき、すっかり彼の姿が花の下に埋まってしまったころ、ロベルトはまるで自分が多くの人を薔薇で窒息死させたヘリオガバルスのようだと思い、慌てて花をかきわけて彼を救出した。
「ごめんよ平賀」
「死ぬかと思いました」
「死なせはしないよ」
「まるで埋葬されているみたいです」
「やめてくれ平賀」
そういって二人はくつくつと笑いあった。
うすらぼんやりとかすむ地平線のように、あの世でもこの世でもない世界。
ここはどこだろう。見たことのない景色だ。
どこまで行っても、白い花の丘が続いているような気がする。
この世でないということは、あの世なのか? それとも夢の世界なのか?
深く考えようとすると頭痛を覚え、思考が停止した。
……もはやどちらでも良い。
確かに君は、ヘリオガバルスの棺の中で、笑っている。
それだけで僕は心が満たされた。

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