私の傷跡


バチ官で20のお題」からお借りしました。


「ロベルト神父はいつもうつ伏せで寝ていて苦しくないんですか?」
奇跡調査に訪れていた相部屋のベッドで、ロベルトが朝起き上がったとき、隣で寝ていた平賀が、まだ布団に入ったままこちらに顔だけを向けてなんとなしにそう話しかけた。
「ああ……これにはちょっと、ワケがあってね」
ロベルトの話によると、仰向けで眠っているとどうしても上に黒い影がのしかかってきて、それがロベルトの首を絞めてくる悪夢を見るという。
黒い影…おそらく彼の父親にまつわる忌々しい記憶がそうした悪夢を見せているのだろう。
だから、いつもうつ伏せで寝ていて、何かがのしかかってくるのを防いでいるという話だった。
「それは大変ですね。何か私にできることがあればよいのですが」
「なにか、君に?」
ロベルトは少し思案したのち、「じゃあ」と切り出した。
「僕が仰向けに寝ていて苦しそうにしていたら、僕のそっと首に手をあててくれないか?」
平賀は目を丸くし、きょとんとした様子でロベルトに聞き返した。
「……それだけで、よろしいのですか?」
「うん、それだけでいい。君が僕の首に手を当ててくれたら、悪い夢から覚められる気がするんだ」
「はあ…わかりました。やってみます」
その日の晩、ロベルトは仰向けになって眠った。これから現れる黒い影を捕まえるために、平賀は眠るロベルトの様子をじっと見守っていた、
1時ごろ床に入り、深夜2時を過ぎたころ、変化が起こった。
ロベルトは小刻みに震えながら、うんうんと苦しそうに息をしている。
たぶん、例の悪夢にうなされているんだろう。
平賀は慎重にロベルトの枕元に腰を下ろして、彼の首を包むようにそっと手をあてがった。
ひんやりとした冷たくか細い指がロベルトの首筋に触れる。
その瞬間、コバルトブルーの瞳がカッと見開き、ヒュッと大きく息を吸った。
平賀は驚いて息をのんでいると、間髪入れずにロベルトの首にあてがわれていた細い腕が両方ともがっしりとつかまれた。
「ロベルト……!」
平賀は身をよじって抵抗したが、しっかりとつかまれた両腕はびくともせず、ロベルトの力にかなわなかった。
「もっと強く」
じりじりと自分の首を押さえつけるように、ロベルトは平賀の腕に力を込めた。
「待ってください、いきなりどうなさったのです?」
「平賀、君が……僕の首をぎゅっと絞めてくれたら、僕の古い記憶を…傷跡を、覆い隠せる気がして」
「そんなことできるわけありません」
「君ならできるよ」
そういってロベルトはさらに腕に力を込めた。
平賀は必至で抵抗したが、どうしてもあらがえず、やがてロベルトは気絶してしまった。
「ロベルト……!」
ロベルトの手から解放された平賀は、涙目になりながら彼を蘇生し、意識を取り戻させたところで思いっきり頬をひっぱたいた。
目を覚ましたロベルトはばつが悪そうにしながら、ベッドで横になっていた。

そんなことが起こった後、二人の仲がいつも通りになるまでに1週間ほどかかってしまったが、ロベルトを悩ませていたあの悪夢は、その日を境にして、ぱたりとやんだという。

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